研究内容
研究の全体像
私たちの研究室では、環境にやさしい化学変換法や物質変換法の開発に焦点を当てています。具体的には、化石資源に代わるバイオマス、二酸化炭素、水素などの活用により、医薬品・農薬・半導体材料・高機能性化学品などのファインケミカルズ製造にイノベーションを起こす、有機合成化学に立脚した連続フロー科学技術・装置、均一系・不均一系触媒の開発をします。私たちの研究は、医薬と農薬を同じく生物活性物質として扱い評価するなど、理学、工学、薬学、農学の分野を横断した教育・研究を行います。

当研究室では以下の6つのテーマを柱として、相互連携を行いながら研究を進めています。
水は、地球環境や生命にとって必須である。分子科学においても、水の役割は重要であり興味深い。

我々人間を含め、生体の構成成分の大部分は水です。そして生体内では、生体を維持するために絶えず化学反応が起こっています。この反応場は水中、もしくは水中に構築された疎水場であり、そこでは酵素が触媒として機能し、精密に反応が制御されています。すなわち、生体内において、水は精密な化学反応の反応場として機能していると考えることができます。
医薬品や化成品などの有機化合物を合成する際、一般に溶媒としては有機溶媒が用いられる。一方、有機溶媒は、多くの場合において人体や環境にとって有害であり、有機溶媒に替わる「環境に優しい溶媒」が探索されている。その中で最も魅力的なのが水である。水は無害かつ低コストであり、さらに水中では従来の有機溶媒中の反応とは異なるユニークな反応性や反応選択性を実現できる可能性がある。当研究室ではこれまでに、水溶液中で有効に機能する種々の触媒系の開発を行っており、中でもルイス酸と界面活性剤の機能を組み合わせたルイス酸—界面活性剤一体型触媒(Lewis Acid–Surfactant-Combined Catalyst, LASC)が、水中で疎水性反応場を構築し同時にルイス酸として機能する優れた触媒であることを明らかにしている。実際、LASCを用いることで有機溶媒を一切含まない水中において、アルドール反応をはじめとする種々のルイス酸触媒反応が円滑に進行する。また、光学活性化合物の効率的な合成を水中で実現するため、水中における触媒的不斉合成の開発も主要テーマの一つとして研究しており、これまでにキラル亜鉛触媒を用いる触媒的不斉Mannich型反応や、キラルスカンジウム触媒を用いる触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応、チオールのMichael型付加反応や不斉プロトン化反応等を開発している。さらに、有機溶媒中では触媒としてほとんど利用されていなかった、ゼロ価金属・金属酸化物・金属水酸化物が水中で優れた触媒作用を示すことを見いだし、アルデヒドやケトンに対する選択的なアリル化反応、α,β-不飽和カルボニル化合物に対する不斉炭素―ホウ素結合構築反応等高選択的結合生成反応を開発した。これらの反応はいずれも水が存在しないと進行せず、また選択性も発現しないことから、水は単なる代替溶媒ではなく、溶媒として有効な反応場構築などの役割を担っていると考えられる。
1828年のFriedrich Wöhlerの尿素発見以来体系化されてきた有機化学は、基本的に有機物(油)を溶かす有機溶媒を用いることを前提としている。これに対して、当研究室が取り組んできた水を溶媒とする有機反応の研究によって、水中では、有機溶媒中とは全く異なる反応性や選択性が発現する多くの例が明らかにされてきている。今後、「有機溶媒中での有機化学」に換わる「水中での有機化学」の体系化が必要となると考えられる。ここでは、究極の触媒である酵素が主役の一つとなるが、有機合成化学は酵素機能を凌駕する触媒の開発を目指すことになろう。
高立体選択的反応を実現する新しい触媒の開発

有機合成化学において、副生成物の発生を抑えて目的の化合物だけを選択的に合成する手法の開発は、省エネルギーや廃棄物を極力減らす観点からも非常に重要な研究課題である。特にそれらの手法を実現する触媒の開発は、近年非常に興味が持たれている。当研究室では、医薬品を合成するための光学活性中間体の効率的供給を指向して、望みのエナンチオマーのみを選択的に合成する触媒的不斉合成反応の研究を行っており、これまでにジルコニウムやニオブ、銅、銀等を用いる高機能不斉金属触媒を開発し、様々な触媒的不斉炭素—炭素結合生成反応へと適用している。最近では、地球上に豊富に存在し、安全・安価であるカルシウム等のアルカリ土類金属を用いる触媒的不斉反応の開発研究、より活性の高い触媒を指向した金属アミドを触媒として用いる反応開発、触媒量の強塩基を用いる低活性基質の触媒的反応開発を行っている。
新規固定化触媒の開発

金属触媒は現在の有機合成に欠かせないものとなっているが、その多くは人体や環境に対して有害であり、かつ高価でその資源に限りがあるため、使用後は廃棄せず、回収、再利用することが望まれる。当研究室で開発した「マイクロカプセル化(MC)法」や「高分子カルセランド(PI)法」を用いると、金属触媒をポリスチレンやポリシランを基盤とする高分子で包み込むように取り込んで、外に漏れ出さないようにし、回収、再利用することが可能である。このような手法を用い、オスミウム、パラジウム、スカンジウム、ルテニウム触媒などの固定化を達成している。
近年、金や白金を中心とする金属ナノ粒子触媒が本手法を用いることで安定に固定化でき、空気中の酸素を酸化剤とする様々な酸化反応に有効に機能し、回収、再利用も可能なことを明らかにしている。金属ナノ粒子は、バルクの金属や金属錯体とは異なる特異な触媒活性を持つ反面、容易に凝集し触媒活性を失ってしまうことから、当研究室で開発された手法は画期的な手法として注目されている。また、複数種類の金属ナノ粒子や合金ナノ粒子を固定化した触媒も調製でき、これらのナノ粒子触媒は一つの金属からなるナノクラスターより高い活性、選択性を有したり、金属の組み合わせで反応経路を制御できたりすることも見いだしている。
さらにこれらの触媒は、複数の反応を連続して行うタンデム反応やキラル金属ナノ粒子による不斉合成、マイクロチャネルリアクターやフローシステムといった次世代の反応システムへの応用も可能であり、効率的かつ環境への負荷の少ない有機合成法の開発の切り札として期待されている。
空気中の酸素を酸化剤として金ナノ粒子を用いることで二つのアルコールからエステルが、金–コバルト二元金属ナノ触媒を用いることでアルコールとアミンからアミドが、金—パラジウム合金ナノ粒子を用いることでイミンが一工程で合成できる。金—パラジウム二元金属ナノ粒子とホウ素触媒を一緒に担持した触媒では、アリルアルコールの酸化とMichael反応の連続反応が進行する。
ロジウムー銀二元金属ナノ粒子触媒とキラルジエン配位子からなるキラル金属ナノ粒子を用いることでα,β不飽和カルボニル化合物に対するアリールボロン酸の不斉1,4付加反応が高収率、高エナンチオ選択性をもって進行する。
Topics

新規反応手法の開発

効率的な有機合成反応を実現するために、より効果的な分子活性化法の開発が重要である。当研究室では、環境調和型有機合成を実現するために光エネルギーを活用する研究を行っており、光による基質や触媒の活性化を鍵とする反応を開発している。一方で、有機合成上有用であるが各種反応剤に対して低活性な基質を効果的に活性化する官能基を開発し、触媒反応に応用している。
フロー精密合成

医薬品や香料などのファインケミカルを生産するにあたり、これまでの精密有機合成では1反応ごとにフラスコや反応釜を用いて反応を行う「バッチ合成」が主流であったが、この反応をカラム中で溶液を連続的に流しながら行う「フロー合成」へ移行することができれば、非常に効率よく目的物を合成することができる。当研究室では、これまでに、様々な固定化触媒の開発を行っており、様々な反応を連続的にフロー法で行えることを明らかにした。また、フロー反応を鍵段階とする生理活性物質の全合成を、多段階連続フロー反応装置を用いて実現している。この分野は理想的な精密有機合成を実現するために非常に重要であり、将来的に大きな発展が期待されている。
Reviews
- Reworking Organic Synthesis for the Modern Age: Synthetic Strategies Based on Continuous-Flow Addition and Condensation Reactions with Heterogeneous Catalysts
W. Yoo, H. Ishitani, Y. Saito, B. Laroche, S. Kobayashi,
J. Org. Chem., 85 , 5132-5145 (2020). DOI: 10.1021/acs.joc.9b03416 - Flow fine synthesis with heterogeneous catalysts
K. Masuda, T. Ichitsuka, N. Koumura, K. Sato, S. Kobayashi,
Tetrahedron , 74 , 1705-1730 (2017). DOI: 10.1016/j.tet.2018.02.006 - Flow “Fine” Synthesis: High Yielding and Selective Organic Synthesis by Flow Methods
S. Kobayashi,
Chem. Asian J., 11 , 425-426 (2016). DOI: 10.1002/asia.201500916
生物活性化合物の合成

これまで開発してきた触媒や反応システムの実用的な応用例として、様々な生理活性物質の合成を行っています。
これらの化合物のほとんどが、研究を始めた当時は立体構造が不明でしたが、不斉合成を活用することにより、任意の立体を合成することができます。そのため、生理活性物質の全合成を達成すると同時に、これまで不明であった立体を決めた物質や、これまで知られていた構造の誤りを見つけた物質もあります。
またごく最近、フロー反応を鍵段階とする生理活性物質の全合成を、多段階連続フロー反応装置を用いて実現しています。


